認知症一人暮らし終了の父と遠距離介護の私

頑張りすぎない、周りのプロに頼る、自分を大切に、を忘れないようにしながら認知症一人暮らし父(要介護2)を遠距離介護中です。父のことは好きだけれど、時々背負い投げしたい時もある。でもやっぱり好き!後で読み返して笑うために書き溜めています。

父と爪切り

父の足の爪は、厚くて硬い。

 

高齢者の爪は、厚く硬くなりやすいと聞いたことはあるが、それにしたってとんでもなく厚くて硬い。
爪切りで切った時の音で表すなら、ンブワァッツィィィィィンンンンンン……ンン……ン(方々に散らかる余韻)だ。
通常の爪切りだとその頑丈さに太刀打ちできないので、実家には大きい爪切りを備えてある。

 

長く入院していた父方の祖母の足の爪も厚くて硬く、ペンチみたいなごつい爪切りで、いつも父がブッヅンブッヅン切っていた。
私の足の爪もそこそこに硬いので、恐らく加齢云々よりも、遺伝だ。

 

父の足の爪を切るのは、帰省時の大事な仕事のひとつだ。
帰省は数ヵ月に一度なので、できればもう少し爪切りの頻度を上げたいのだが、足が悪く自分で足の爪を切れない父は、「人様にやっていただくなんて申し訳ない」という理由で、デイサービス(そもそも今は全く行かなくなってしまったが)でも爪を切ってもらうことに抵抗し続けた。

 

広げた新聞紙の上に乗せた父の足を、まずは右から、お湯に浸して絞ったタオルで指の一本一本、指の股も丁寧に拭く。
足の裏、土踏まず、かかとも忘れずに優しく擦る。

 

準備ができたら、外に出ない上に靴下も履かないことでこの数ヶ月何物にも邪魔されず思う存分伸びた爪を、やはり右の親指から慎重に切る。
親指は特に、爪切りの刃が開く限界より父の爪の方が厚いことも多く、全然刃が爪を挟めない。
端の端からちまちまちまちま、時間をかけてほんのちょっぴりずつ、削り取るように切る。

 

父の体が向いている方向に自分も体を向け、足をしっかり押さえつつ、視線と神経を足の爪と爪切りに集中させたまま、父と色んな話をする。

その日の天気のことだったり、「晩ごはんはお父さんの大好きなお寿司食べに行こうね~何食べたい?」と食べたい寿司ネタを振ったり、働きながら通った通信制大学の夏のスクーリングの話、母との新婚旅行の話。
高齢者と中年の二人しかいない静かな家で、穏やかに話す父の声はなんとも心地が好い。

 

この時間が、私は取り分け好きだ。
高校卒業と共に、家族を丸ごと背負った85歳の父の生い立ちはなかなかに山あり谷ありなのだが、本人は「だってしょうがないしょ」とあっけらかんと語る。
その強さが好きだ。
実際に何とかしてきて今がある、その自負も好きだ。

 

父の足の爪を切りながら色々話をするのは、床屋さんごっこのような遊びの雰囲気もあり、それもまた楽しい。

 

爪切りが終わり、最後に両足をもう一拭きすると、後片付けは俺がやる、と父は新聞紙を丸めて立ち上がった。
食後の皿洗いもそうだが、父は「できることはやらないと」と、こういうことを率先してしてくれる。体や頭を動かすきっかけにもなるので、私はいつも「有難う、助かります」とお願いしている。
例え、洗い終わり水切りカゴに入れられたお皿の油汚れが全く除かれておらず、夜中に私が洗い直しているとしても。

 

爪切りを仕舞う私の横で、父はいつものようにごみ箱へ、と思ったら素通りし、台所のシンクの前で新聞紙を広げ、爪を排水溝ネットめがけてばら撒いた。

 

お父さーーーーーーーーん!!うそでしょーーーーーーーー!!!???

 

「あぇっ!?えっ!!??」と、衝撃のあまり言語化されない断片を口から漏らす私を見つめる、父のきょとん顔。
なにそのきょとん顔!「なにか?」的完全無垢顔!!腹立つけど可愛いなその顔!!!!

 

「お父さん…爪は、台所じゃなくて、ごみ箱に…捨てて……」
「ん?そうか?」

 

それ以降、「最後に、切った爪をごみ箱に捨ててもらうのをしっかり見届ける」が、私の爪切りタスクに加えられた。