認知症一人暮らしの父と遠距離介護の私

頑張りすぎない、周りのプロに頼る、自分を大切に、を忘れないようにしながら認知症一人暮らし父(要介護2)を遠距離介護中です。父のことは好きだけれど、時々背負い投げしたい時もある。でもやっぱり好き!後で読み返して笑うために書き溜めています。

タンスの中の発酵ワンダーランド。

3月の帰省から4ヶ月後の、7月帰省時のことだ。

帰省初日に父のタンスを開けた途端、解放されし引き出しから飛び出して、私の鼻腔を颯爽と駆け上がってきたものがあった。
瞬間、私の脳内で「あかん」ランプがパッパパッパと明滅する。

臭い。

ただただシンプルに、めちゃくちゃ臭い。

もっと具体的に言うならば、日数をかけて熟成された汗と皮脂の混じった臭いが、たった今開けたこの引き出しのどこかから、強烈に存在感をアピールしていた。

臭気の元を、突き止めなければならない。

ソファに寝っ転がり、大好きな時代劇シリーズのCS放送を楽しんでいる父の後ろで、トリュフ豚さながらに鼻面を引き出しに突っ込み嗅ぎ回る、四十路の娘。
あっちくんくん、こっちくんくん、臭気の強くなる方向にどんどん鼻を移動していき、そしてついに引き出しのやや奥まったところから、真っ黄色に変色したよれよれのアンダーシャツを発見したのだった。

わぁ、買った時はきっと輝くばかりに白かったんだろうなぁこれ、もう全く面影ないけど。
衣類ってこんなに黄ばむんだなぁ。
そして、信じられないほど臭いわこれ。これだけ臭ければ引き出しの覇権を握るわ、ほんっと臭い。

父は風呂が嫌いだ。
最後に入浴したのは、今年の1月。
これまた行きたがらないデイサービスにたまたま気乗りして通所、入浴まで済ませた奇跡の1日があったのだ。
それ以来、一度も風呂もシャワーも使用していない。
にもかかわらず、どうしてか父は臭わない。
帰省する度、再会を喜ぶハグをしながら、ゼロ距離でフケや頭皮の臭い、肌のべたつきや体臭等をチェックしているのだが、多少よれよれした匂いはしても、フケが溜まっていたり、不潔な臭気を感じたことは未だにないのだ。

風呂に入らない代わりに、自分でこまめに体は拭いているのだが、それにしたって石鹸を使うでもなし、しかも足が悪くあまりかがめないので、膝より下は恐らくほぼ拭けてはいない。
私がいる間にと思い自宅での入浴を促しても、これも「人に会う用事ないからいいわ~」と、やわらか声ではっきりノーサンキュー。
今のところは父の清拭の力を信じ、膝から下は帰省時に足の爪を切る際、マッサージもかねてゆっくり拭いている。

「無入浴父臭くならない不思議」については、ケアマネさんも首を傾げている。
しかし、臭う臭わないは別としてやはり衛生上宜しくないので、せめて月1でも良いから入浴もしくはシャワーを浴びて欲しいのだが、通所での入浴介助も、訪問での入浴介助も、父は相変わらず断固拒否の構えだ。
こちらに関しては、引き続き要検討事項となっている。

さて、話を、我が右手に握られし黄ばみまくった下着に戻したい。

ヘルパーさんには洗濯支援もお願いしており、使用後父が直接洗濯槽、もしくは洗濯機横のカゴに入れた衣類等を、洗って干していただいている。
また、私も帰省時には必ず、父の体臭チェックの後続けて洗濯槽やカゴに腕を突っ込み顔を突っ込み、入っている洗濯待ちの下着類に黄色や茶色のシミがついていないか、きつい臭いがしていないかを確認してから、洗濯機を回している。

今回も、タンスを開けるより前に洗濯槽等の確認をしたのだが、特に問題がなかった。
父は、時折洗濯槽を食品の貯蔵庫としても使用するが、秘蔵の菓子パンも入ってはいなかった。
なので安心してしまっていたのだが、前回帰省した3月からの4ヶ月間に、脱いだ下着を洗濯槽ではなくタンスにダイレクトインという新しいパターンを、父は生み出したようだ。

洗濯については、正直少し気になることがあった。
毎月、ケアマネさんに日々の介護内容を記入いただいたレポートを頂戴しているのだが、少し前から洗濯支援の文字が出てこなくなっていたのだ。
7月の帰省時にお話を伺おうと思ってはいたのだが、どうもこの黄ばみまくった下着と関係がありそうだ。

そこで、ケアマネさんに、父のスキルに「タンス内での使用後下着の発酵」が追加されたこと、洗濯槽やカゴの中の洗濯物が少ないこと、レポートに洗濯支援の文字が最近出てこない理由を知りたいとお伝えしたところ、最近は父に洗濯の声がけをしても、「今日は結構です」「自分でやりました」と返され続けており、実際洗濯槽やカゴの中に入っている洗濯物の量も、数枚程度しかないとのことだった。

ということは。
これはまだあるな、父が溜めた発酵物が。
ケアマネさんと私の意見は一致し、私はまだ見つかっていない使用後下着の捜索に取りかかった。

今回発酵物が発見されたタンスの他の引き出し、部屋の隅にひっそり置いてある椅子に重ねられたクッションとクッションの間、すっかりハンガー掛けと化したルームランナーの、レーンの上に被されたタオルケットの下。
ルームランナーのバーに引っかけている綺麗な衣類達の間。

出てくる出てくる、3月にはなかった筈の黄ばんだ下着たち。
どれもこれも、気持ち良い位清々しく黄色い&臭い。
ケアマネさん、最近要洗濯の衣類が少なかった謎が解けましたよ!
ひとまず心の中でお伝えしながら、私は黄色い発酵物を片っ端からゴミ袋に突っ込んだ。
そして、救済可能な衣類についてはまとめて洗濯し、物干し竿に秩父横瀬川の鯉のぼりのごとく提げまくった。

いつか父も、尿や便で汚れてしまった下着をタンスに隠す日が来るかもしれない。
父の遠距離介護において、常に心の中で覚悟してきたつもりではいる。
その「いつか」が、ついに始まったのではないか。タンスを開けて臭気を察知した瞬間、その気持ちが万年鼻づまりの私をトリュフ豚にもさせた。
今回は汗と皮脂で済んだが、覚悟をしたつもりでいても、その時に遭遇したら、きっと私はショックを受けるだろう。
そして、それをタンスに隠す時の父の気持ちを思うとまたつらい。

それでも父は、生活の色んな場面をケアマネさんやヘルパーさんに助けていただきながら、本人の願う「死ぬまで在宅」を続けている。
遠距離介護の私にできることは、父の「死ぬまで在宅」希望を、現実問題と折り合いをつけつつ、できうる限りで最大限叶えられるようサポートすることだ。

改めて、父に何ができるのか考えていきたい。
すっかり乾いた物干し竿の鯉のぼりたちを、次会う時もその白さを忘れずにいてくれたまえと願いながら、タンスに仕舞った。