認知症一人暮らし終了の父と遠距離介護の私

頑張りすぎない、周りのプロに頼る、自分を大切に、を忘れないようにしながら認知症一人暮らし父(要介護2)を遠距離介護中です。父のことは好きだけれど、時々背負い投げしたい時もある。でもやっぱり好き!後で読み返して笑うために書き溜めています。

父とエアコンと私~賽の河原2021夏~

朝7時。今夏、実家のリビングに設置したスマートリモコンが、「室温26度以上でエアコンの冷房をオン」の信号を発したことを、スマホアプリにて確認。

朝8時。スマートリモコンの温度センサーで、実家の室温が27度を超えていることを確認し、父に電話。
「お父さん、エアコンの電源コード差さってますか?」
「抜いてある」
「あのね、エアコンは私が東京から、部屋が暑くなったら冷房つけて、涼しくなったり夜になったら自動で消えるように操作してるんだ。コードを抜くとそれができなくなっちゃうから、コード抜かないで欲しいの」
「分かった」
「このまま待ってるから、コード差し直してもらっても良いかな?」
父、エアコンのコードを差し直す。
「差したよ~」
「有難う。あと、電源コードの横に「コード抜かないでね!」って貼り紙貼ってあったしょ?」
「あるわ~全然見てないけど、ははは」
「うん、貼り紙読んでね。コードは差しっぱなしで良いからね、抜かないで欲しいの」
「分かった分かった、じゃあね~」
切電。

朝9時。室温下がらず、再び実家に電話。
「お父さん、エアコンの電源コード抜けてませんか?」
「抜いてある」
「あのね」以下略。

朝10時半。室温28度近くに上昇。
「お父さん、エアコン」以下略。

正午。室温以下略。

14時。以下略。

以降、夜20時にスマートリモコンが冷房オフの信号を発したとスマホアプリに通知が来るまで、延々と以下略。

「北海道の夏は涼しい」なんて、最近は遠い昔の話になりつつある。
私が子どもの頃は、日中は窓開けとうちわとたまに扇風機、夜に至っては「寒いから外套着ていきなさい」と言われるような環境だったが、ここ数年は最高気温30度を超える日も、珍しくなくなった。

我が家には、10年程前からエアコンが導入されている。
当時の地元としてはまだ珍しかったが、恐らく母がこれからの事を考えて、先手を打ったものと思われる。
しかしながら、折角我が家にお越しいただいたうるるさんもさららさんも、リビングでご活躍されている姿を今まで私は見たことがなかった。
吹き出し口から一度も顔を見せぬまま、10年塩漬けのうるるとさらら
どれだけ北海道の夏が暑くなろうと、母が入院しひとり暮らしとなった父に、未だに「窓開けうちわ扇風機」が染みついているせいだ。

最高気温30度超え、採光重視でやたらと窓が多い我が家は、太陽の恩恵をもろに受け見事に蒸し風呂。
南東の窓に背を向けて配置されたひとりがけソファは、父の定位置だ。
もう、約束された灼熱地獄。
にもかかわらず、彼の手持ちは未だに「窓開けうちわ扇風機」なのである。

当然、全く太刀打ちできていない。
窓を開けたところで入ってくるのは熱風、それをただいたずらにかき回すだけの扇風機、それよりは多少ましな気がするうちわにしたって、人力なのですぐに疲れて手が止まる。
おまけに、こちらがその場で手渡さない限り、なかなか自主的には水分摂取もしない。
特にエアコンは、今まで使っていなかったせいでリモコンの電源ボタンを入れること自体がもう「分からない」、おまけに差しっぱなしは「電気代がかかる」と、電源コードを抜きたがる。

こちらがどれだけ「今日とっても暑くなるって天気予報で言ってるよ」、「だからエアコンをつけて」、「お茶も飲んで」と言ったところで、「別に暑くない。平気だ」の一点張り。
しかし、アレクサのビデオ通話の画面に映る、Tシャツもズボンも脱ぎ捨てグンゼの肌着のみとなっている姿からは、全くもって大丈夫ではないことだけが、びんびんに伝わってくるのである。

どうにかしないと、父が干からびる。

昨年一昨年の猛暑厳しい夏に、相変わらずのヒノキの棒と鍋のフタで立ち向かった父は、食欲がてきめんに落ち目に見えて衰弱してしまった。
特に昨年は、なかなか帰省スケジュールが立てられない中夏の帰省が叶わず、私は気を揉みに揉んだ。
今利用している小多機では、初の夏となる。
ケアマネさんに昨年一昨年の様子をお話しし、1日数回のヘルパーさん訪問時に、暑ければ都度エアコンをつけてもらい、前回帰省時に冷蔵庫にしこたま補充してきた飲みきりサイズの紙パック飲料を、食事の際に添えてもらい、喉ごしの良い茶碗蒸しやゼリーなど、少しでも口に入れやすいものを父に出していただき、可能な限り熱中症リスクを減らせるようお願いした。

しかし、これでは根本の「部屋の暑さ」は解決しない。
何とかして、我が家のエアコンを稼働させ、部屋の中を涼しくしたい。
10年越しのうるるとさららに、活躍の場を提供したい。

そんなわけで、8月に帰省した際、リビングに温度センサー付きのスマートリモコンを取り付けてきた。

複数の家電のリモコンを集約し、アプリで一括操作できるという、QOL爆上がりな便利アイテム、スマートリモコン。
これを使って私の方でエアコンの制御ができれば、父の熱中症リスクを格段に減らすことができる。

そして、スマートリモコン導入後、父のQOL及び私の状況はどうなったかというと、冒頭の通りだ。

電源コードを巡る、お手本のような無限地獄。

そもそも、スマートリモコンは、制御したい家電の電気供給が絶たれていないことが大前提だ。
そこにきて、父の得意技は「止めたい家電は、電源コードを抜く」である。
冒頭の会話の中で、父が「分かった」筈の「エアコンは娘が遠方から操作しているから、コードを抜かない」は、切電後凄まじい速さで忘却の彼方。
そして気づけば、父としてはつけた覚えのないエアコンがついている。
消したいが操作が分からない。そうだ、電源コードを抜こう。
父としては、至って当然の結論だろう。

目下、我が家のスマートリモコンは、受け止め先のない信号をただひたすらに発し続ける、悲しき装置と化している。

切なさが凄い。

電源コードを抜いては差し、差しては抜き、抜くのも差すのも自分という、セルフ賽の河原状態の父。
実家の室温が分かるようになったことで、安心感と同時に「こんなに室温が上がっているのに、電源コードが抜かれているから冷房をつけられない」ジレンマとを手に入れた私。

何この、誰も幸せになっていない図。
連日、父父父父で埋まっている、我がスマホの発信履歴が怖すぎる。

今までも父は、レンジフードのお手入れサインの点滅が気になり、台所のブレーカーごと落とし冷蔵庫を終了させたり、電話機のコードが刺さっているタコ足の電源オンの点灯が気になり、タコ足を抜き電話を終了させたりしてきた。
父の、止めたい家電に対する行動意欲は凄まじい。

「電源コードを抜く、もしくはブレーカーを落とす」という最強の物理攻撃カードを持った父を前に、電気供給あっての便利グッズをどう活用していくか。
スマートリモコンに限らず、これは父の遠距離介護をする中での、私の重要課題でもある。

エアコン攻防については、今夏はもう来夏への踏み台として割り切っている。
ひたすら電話をかけまくり、エアコンは私が制御しているから、電源コードを抜かないで欲しいと日に何度も伝えることで、少しずつでも父の体に染みこみ、冷房がついている時間が今より長くなれば御の字だ。

父が快適に暮らせる環境を、私が遠方にいても安定的に提供できる状態を作り、かつ私も安心したい。
その一心で、私は今日も電話をかけまくる。